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バイク事故がもとで車椅子生活となった芳養町大坊の松上京子さんが、昨年のJA紀南の女性の会フレッシュミセスの研修会で障害者の立場からみた人生観を講演した。演題は「車椅子から青空が見える」。車椅子でアメリカ留学や北米の大河・ユーコンのカヌー下りに挑戦するなど、バイタリティーあふれる松上さんの体験談に聴講した75人の会員も驚嘆。「ひたすら前向きな姿を私たちも見習わねば!」との声が聞かれた。 |
| ▲芳養町大坊 松上京子さん 〈演題〉 車椅子から青空が見える |
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| 毎日が車椅子生活の私にとって子育ては一番大変です。腹筋がきかないので子どもを片手で抱き上げることもできないし、車のチャイルドシートにも乗せられない。私と同じように車椅子で子育てをしている人から「大丈夫だよ」と聞いてはいたのですが、最初の頃はストレスで大変でした。さらに下の男の子はアトピー性皮膚炎なので、夜は寝ない、血が出るまで体をかいてベッドを転げ回るなど、私もすごくばててしまってヒステリックになっていました。 やはり人の手を借りなければ。実家の母や妹にも手伝ってはもらっていたのですが、ホームヘルパーやベビーシッターの手をお借りするようにしました。身の回りの世話や、子どもがアトピーなので部屋の掃除と一日三回の入浴も。入れ替わり立ち替わりお手伝いに来てくれ出してから、私も子育てが楽しいと思えるゆとりが出てきたように思います。 家も車椅子で生活しやすいようにと改造しています。スロープ付きの玄関、手すり、流し台は特注、洗濯機は床から25cm掘り下げて置いています。少しぜい沢だけどホームエレベーターもあります。地域の方々の手助けをいただき、家の工夫もして、ほぼ皆さんと変わりないように主婦と母親ができている私です。 しかし、一歩外に出れば十分にいかないのが現実です。私も車椅子に乗るまでは、いま思う不便さはまったく分かりませんでした。町に出ても、店の入り口や歩道と車道の間などの段差が何と多いことでしょうか。 車は手で運転操作ができるよう改造していますので移動は自由ですが、問題なのは車椅子の人専用の駐車スペースに普通の人が停めていて置けない時があることです。せっかく障害者のためにつくってくれた設備も健常者のマナーやモラルの悪さで使えないとすれば残念なことです。 それとトイレです。身障者用のトイレは年々増えていますが、それでも使う側としてはまだまだ足りないように思います。豪華でなくてもいいので、もっと町のいろんな場所にできてほしいというのが願いです。 障害者が気軽に出かけられる町 アメリカオレゴン州で英語留学 車椅子生活になって四年後の1992年3月から九か月間、バリアフリーの町を見たいと思って、アメリカオレゴン州にあるユージーンという町に英語留学をしました。そこは田辺とよく似た町。西は太平洋、東には森林ときれいな湖があって、映画の『スタンド・バイ・ミー』のロケ地になった自然の豊かな所です。 留学中はオレゴン大学の英語コースで学びましたが、クラスメイトの国籍も中東、ヨーロッパ、アジアと様々。私の大学寮にも車椅子の学生が二人いて、キャサリンというおばさんとマイケルという青年でしたが、マイケルは車椅子の生活に「不自由は無い!」と言っていました。 なぜなら、ケンおじさんというプロの介護人がいて、食事や風呂、寝るときまでマイケルの介助をしてくれるからです。しかも、その費用がすべて公費でみてくれるところがアメリカのすごいところです。 道に段差がない、スロープ・リフト・エレベーターがある、市バスはすべてリフト付きと設備が良いのはもちろん、人々も良い人ばかりでした。初めてバスに乗った私に運転手さんが「よろしく」と握手してくれ、最初から町に良い印象を持ちました。 ユージーンは人口十万人ほどですが障害者も多くいます。1回の外出で14、5人の障害者に会いましたが、それは障害者でも気軽に出かけられる町だからだと分かりました。町の人々は、障害者だからと恐縮することがないよう、さりげなく手を貸してくれたのがうれしかったです。 ウオーターフェスタというイベントで体験した川下りと水上スキーも楽しかった。障害者も皆んなピクニック気分。あったかくリラックスした空気に包まれた一日が終わり、夕方帰るときのこと、顔なじみのグレックという男性が車椅子で前向きに倒れ込んでいるのです。会場のゴミを拾っていたみたいでした。私が声をかけたら「ゴミを拾うのは私の責任だから」と答えました。私は、ゴミ拾いを手伝ってもらって当たり前と思っていた自分を少し反省しました。グレックのこの言葉を聞けただけでも留学して良かったと思います。 障害がちっぽけに思えた! 大河ユーコン、カヌーの旅 アメリカ留学中に水上スキー板とカヌーを買ったのですが、日本に帰ってからも私は、身障者カヌー和歌山支部に入って年に数回は日置川や日高川などの川下りを楽しんでいます。四万十川をカヌーで下りたいという希望もかないました。 そして、1998年夏には、夢にみたカナダの大河・ユーコンのカヌー下りが実現したのです。テレビ朝日とカナダ政府などの協力によるもので、参加者はカヌーエッセイスト・野田知佑さんら総勢18人。私は夫をパートナーに参加しました。 全長約3700kmのユーコン川のうち300kmを9日間かけて下るカヌーの旅。ユーコン準州のホワイトホースという町に行き、ユーコン川支流のテスリン川から出発しました。 1日に約30kmから40kmをこがなければなりません。床ずれは大丈夫か、キャンプ地の車椅子生活は、トイレはどうだろうと、出発前はどんよりとした気持ちでしたが、心配は無用でした。キャンプ地では現地ツアーガイドがお世話してくれるので私たちは寝床の準備をするだけ。トイレの不安もすぐ解消しました。 初日のキャンプ地では幸運にもオーロラを見ることができて、その美しさに皆んなみとれました。岸辺にはリスや大ヘラジカの姿。クマも出るそうでクマ除けスプレーは必需品です。釣りもしました。カヌーをこぐ手も次第に力がつき、毎日が楽しく、「もっと自然を大切にしたい」との気持ちが沸いてきました。 ツアーガイドのスコットさんは8歳と6歳の子どもを連れて来ていましたが、子どもの働きぶりには驚きました。のこぎりで薪を切り出し、おので割り、水をくんで湯を沸かし、食事を準備して私たちにすすめてくれる。子どもが親のお手伝いをするのは当たり前のようです。日本の子どもは小さい時から塾通い。なんか違うなと思いました。 この旅で一番感じたのは、障害のあるなしが少しも関係なく、障害がちっぽけに思えたことです。車椅子生活になってから「辛いこともあったけど、楽しかった」という私の10年を振り返る良い機会でした。 私たちの人生は、長い短い、お金のある無し、障害のある無しなど様々です。しかし、皆んなが与えてくれた期限付きの財産です。その人生を笑って過ごせるか、人を好きになれるか、気持ち次第で良い人生かどうかが決まるのではないかな。 そう思うと、私は車椅子の障害者だけど、人生そう悪いものじゃないぞ。できることを社会に還元したいと思えるのです。私はいま「ビーパル」という雑誌に執筆をしていて、そのタイトルが「車椅子から青空がみえる」です。いつも上を向いて歩いていきたいと思います。 夢を持つことは元気のもとだと思います。泣かされることも多々ありますが、自分の内側にある夢は何かを問いかけて、それをどう形にしていくかを皆さんも考えてほしいと願っています。 (文責は編集部) ■プロフィール■ 松上 京子(まつうえ きょうこ) 1962年生まれ。田辺市芳養町大坊在住。88年バイク事故により車椅子生活スタート。92年アメリカオレゴン州に留学。滞在中、いろいろな障害者スポーツやレクリエーションを経験し、以後、カヌーや水上スキーを楽しむ。96年に結婚し4歳(女の子)と1歳(男の子)の二児の母親でもある。現在、小学館のアウトドア雑誌ビーパルにて「車椅子から青空がみえる」を連載中。 |
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