JA紀南広報誌

2016年7月号p03-01

2016年7月号もくじ

農を耕し、地域を起こす『農人』【No.35】  

収穫最盛期の「南高梅」と浅井洋平さん、パープルクィーンや「古城」も新植し、梅シーズンは切れ目の無い出荷となる

田辺市秋津町(中央支所管内)
浅井 洋平 さん

 自分の進路は、自分で決めるが好ましい。節々の分かれ道も、一方しか進めない。農業の継承も同じだ。勤めを辞め就農を決めた浅井洋平さん。両親が用意してくれた梅・ミカンを引き継ぎ、今やりがいを感じ始めている。

梅はリレー出荷、ミカンは品質
「自分が決めた道」、農業で進む  

 「学生の頃は農業をする気もなかった」と浅井洋平さん。両親の農業を間近で見ていたが、自分の進路は自分で決めさせてくれた。
 大阪府内の大学の経営学部で学び、就職したのは和歌山市内のハウスメーカー。勤めは思った以上にハードで、「いい勉強になった面も多かった」というが、2年間で勤めを辞め、平成14年春に両親と農業の道を歩み始めた。梅の販売が停滞を見せ始めた頃で、回りからは「なんで今、農業すんの?」との言葉も聞かされた。
 高校で水泳、大学で弓道に打ち込み、体力には自信があったが、初年から夏場の連日の草刈りにバテ込んだ。「しかし、慣れってのは怖いものだ」。就農して15年目にもなると、体がきつかった昔を思いだして笑える自分がある。
 就農した年にJAの青年部にも入った。父・洋司さんの教えはもちろんだが、先輩に混じって青年部活動としてミカンの接ぎ木や梅の剪定作業をするうち、「自然と技術も身についていった」という。
 農業経営は、梅は青果出荷の「南高」を中心に1㌶、「日南一号」「宮川早生」などの温州ミカンが80㌃、「不知火」、ポンカンなどの中晩柑が50㌃の合計2・3㌶だ。
 現在、JA紀南梅部会の本部副部会長と秋津の部会長を務める中、「紀南は小梅からリレー出荷が持ち味。梅は南高一つではダメだ」と品種の偏りを心配。平成27年12月には「古城」と小梅のパープルクィーンを新植した。元々小梅の「白王」があったため、5月から6月中下旬まで青梅の出荷が切れ目無く続くリレー出荷となる。
 昨年は青梅販売に対して、かんきつ類は比較的堅調に販売ができた。梅・ミカンの柱は崩しはしないが、当然「ミカンに力を入れたい」との気持ちが高まっている。
 温州ミカンでは、「宮本早生」に代わり、9月出荷の極早生として導入した「YN‐26」も今年から本格的に結実となる。「じょうのうが薄く、宮本に比べ格段味が良い」と品質の良さに納得。現状の10㌃に加え増反も考えている。
 日当たりが良く、寒さの受けにくい場所にあるポンカンも、来年春の増反へ苗木を注文済みだ。
 父親は「お前がやりたいなら、やってみい」と日頃から後押ししてくれる。家族3人と収穫期の雇用で年間の作業を回すというスタンスの元、大きな山や谷を作らない作業効率を考えた品目・品種の組み立ても計画通りに進んできた。
 今年始めに父の農業者年金受給の時期と合わせて、農業の経営移譲を受けた。平成28年分からは自分の名での確定申告となり、一層気を引き締めている。妻は公務員で、子どもは小1と幼稚園年中の2人。夫婦共稼ぎであればこそ、「休む時は休み、農業にもメリハリを付けたい」と心がける。
 「目標は」と問われ、考える浅井さん。しばらくして出た言葉は「子どもがこの先、農業をしたいと言った時、『やめとけよ』では寂しい。希望を持って引き継いでいける体制にはしておきたい」と語る。それは自分自身が就農をしようと決めた時、両親が自分に用意してくれていたもの、そのものである。(文・写真=山本和久)

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