JA紀南広報誌

2016年2月号p22-01

2016年2月号もくじ

こもれび  

私の菜園ライフ
横矢 道子(白浜町富田)  

 私の生きがいの一つは、眠っている田畑を開墾し畑にすること。現役の頃、亡き義母が守ってきた田にラッキョウを見つけ、「集めてひと畝作ってみようかな」と思ったのがきっかけです。
 休耕田に小さな畝ができた時の感動! 休日が待ち遠しく、一年早く退職するほどにハマってしまったのです。
 春、畑でお弁当を広げると桜吹雪が青空に広がり、ご飯の上に舞い落ちます。夏、陽が昇る前に畑仕事をと、早朝の富田川筋を車で急ぐと、川霧が谷間に流れ、気分爽快。
 畑の周りにはお茶の木が植えてあり、嫁いで初めてお茶摘みを経験。お義姉さんたちに摘み方から製茶の作業を教わり、年間を通して自給自足ができるまでになりました。昔は一族が集まって作業したそうで、夫は今後もつなげていきたい行事だと言います。清らかな水で育った山田の米と、無農薬の番茶で作った茶粥は、暑い夏も寒い冬も我が家になくてはならない一品です。
 隣の見事な花畑の主は、私のお師匠さん。自然の摂理を生かす知恵にいつも感心し、力を抜いて、がむしゃらに頑張り過ぎないところに亡き義母の姿が重なります。
 体が年齢を重ねる実感に、腐っていた私。ある時、畝を跳んだり、やたら鍬を振り上げたりする姿を遠目に見られていたのか、「やっぱりな。若い人やと思ったよ」と知らないお爺さんに声をかけられました。「そうや! 考え方を変えればいい。今日の私は明日よりも若いんや」と目から鱗。俳優、火野正平さんの「人生下り坂最高!」の言葉とともに、私の原動力の源となりました。
 体調を崩した夫の代わりに、いつの間にか管理機や草刈機を使えるまで進歩しましたが、水田周りの用水路は手に負えず、荒れた水路はつぶれ、石垣が崩れてしまいます。
 孫の顔を浮かべながら、夫と植えたサツマイモ。今日は収穫を! と行ってみると、一つ残らず獣に食べられていました。
 がっかりして小高いラッキョウ畑に座っていると、すぐ脇に大きな中華鍋のような、つるつるしたくぼみ。ハハ~ン、イノシシの奴、ここで一服したな。おりしも昨夜は満月。月の光に輝くイノシシ親子の満腹顔を想像し、無理やりにでも笑う他ありませんでした。
 汗と紫外線まみれになるけれど、野菜や花々が育って行く様はワクワク感に溢れ、達成感の花が咲いていきます。次々にやってみたいことが広がりますが、体と相談しながら、無理のないよう楽しみたいと思っています。(とんだ支所管内)

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