JA紀南広報誌

2016年12月号p03-01

2016年12月号もくじ

農を耕し、地域を起こす『農人』【No.40】  

「南高梅」を剪定する谷本憲司さん。市場、加工出荷、梅干しの自家漬けを組み合わせ、梅中心の農業経営に意欲をみせる

上富田町岩田(口熊野支所管内)
谷本 憲司 さん

 就農前に「外の釜の飯を食う」、Uターンでの就農者は近年増えている。異業種での経験が、すぐに農業の分野で生かされるとは限らないが、経験値は増え、農業の見方が変わる。今回登場の谷本憲司さんは元役者の梅農家だ。

梅のブランド力にこだわりたい
所得向上へJAの販売力に期待  

 谷本憲司さんは、田辺工業高校を卒業後、東京に出て役者での自立をめざした経験を持つ、紀南地方ではそう類の無い農家だ。
 「農業をしたくない」との一心での上京だったが、役者の世界はそう甘くはなかった。「劇団の現場は、義務教育では決していわれない、人を否定することなんてバスバス言われるところだった」。
 「あと一年すれば売れるかもしれない」。自身の役者としての将来を考えると葛藤の繰り返しだったというが、「どこかで線引きは必要だろう」と決意し、10年余りの東京暮らしを終えて平成17年に29歳で帰郷した。
 帰京後は、役者経験を元に「上富田町民創作劇」の脚本を書いたりして地元に協力している。JA青年部にも入り、平成20年には「青年の主張」、26年には「活動実績発表」と、ともに全国青年大会に近畿地区代表として出場したが、大舞台に怯むことはなかった。
 農業は就農して12年目に入っている。現在の農業経営は2・4㌶の梅を柱に、ミカン40㌃と水稲70㌃がある。
 梅は園地に収穫ネットを敷き、JAに青梅と加工仕向けで出荷していたが、平成20年頃からは梅干しの自家漬けも始めた。梅干し価格の陰りが顕著化していたが、収穫時期に3~4人の雇用をしても、JAにすべてを生果で出荷しようにも、手が回らなくなったとの事情からだ。
 就農時にはA級で1タル(10㌔)8000円していた梅干しの価格も低迷が続き、「昨年、一昨年は地獄を見た。これでは梅では生活できない。転職か」と本気で思ったこともあったという。
 一時期までの回復とは言えないが、今年は青梅や梅干しの価格は好転した。「梅の将来を思うと心配事は尽きないが、それは他の作物も同じだろう。山形のサクランボや宮崎のマンゴーのように、和歌山の梅にはブランド力がある。やはり僕は梅にこだわり、梅で頑張りたい」と話している。
 梅の販路拡大に向けては、梅干しと、梅干しから派生した関連商品の開発の必要性を訴える。「梅干しは外国人には受け入れられないとの話をよく聞くが、生魚がダメだった外国人が、今は好んで寿司を食べる時代だ。あまり既存のイメージにとらわれないことが大事なのでは」と考えている。
 今年9月にはJA紀南の上富田地区の梅部会長に就任した。「農協改革」やJAの自己改革などで、農家の所得向上が叫ばれる昨今、谷本さんもJAの販売事業に対する期待には大きいものがある。
 「かつての市場中心の流通から、梅の『チョーヤ完熟』出荷のように、企業とも連携して多様な販売先の開拓、確保にJAが努力し、農産物を有利販売することで、少しでも農家の実入りを増やしてほしい」と話している。
 「農家がお金を稼げるようになれば地方にも仕事ができる。農業を核にした地域全体の底上げはJAの役目だ」と強調。「JAが無くなれば良いということはない。むしろJAが元気にならないと、地方も農業も元気にならない」と言い切る。(文・写真=山本和久)

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