JA紀南広報誌

2015年9月号p22-01

2015年9月号もくじ

こもれび  

私の想い
伊東 ヒラ(すさみ町周参見)  

 8人兄妹の末っ子として生まれました。生まれた時、長兄が早朝に5㌔ほどの道のりを、自転車も使わず走って産婆さんを呼んできたそうです。その長兄も23歳の時に戦死しました。
 男ばかりの中、最後に生まれたのが2人目の女の私。その私も72歳となり、昔の人間になりつつあります。でも昔の人のように賢く生きてきたのかと問えば、ただ何となく時間に流され、のほほんと来ただけで、何の考えもなく時が過ぎてしまったように思います。
 ただ、私が44歳の時、突然、主人が余命3カ月といわれ、あれよあれよという間に先立ちました。さあ大変、泣いてばかりもいられません。救いは、子どもたちの学業が終わっていたことでした。
 あちこちで仕事をし、どうにか食べていく中、JAの女性会とめぐり会い、皆様が一生懸命活動に取り組んでいることを知り、自分の考えの浅さに恥じ入るばかり。
 それまで一度も鍬を持ったことも、土をつかむこともないまま農業というものに出会い、80歳近い近所のおじさんに一から教えてもらいました。
 何も知らない私を引っぱってくれたのが女性会の仲間たち。大きな大きなパワーをもらいました。会の集まりの楽しさも教えてもらい、今では健康を目的に飛んだり跳ねたり。カラオケでは少々音がズレてもヘッチャラ。大きなダレ声を出して発散しています。
 いま社会は、家族同士の孤立があり、親が子を殺め、子が親を殺生している世の中。何がどう間違っているのか、どんな狂いがあるのかは解りません。でもみんなで手をつなぎ合って、正していかなければと思います。
 昔のように幾世帯もの家族が寄り添って、老人の知恵をもらい、若人の流れに混じり合って生活し、人生の終わりを迎える時には家族に包まれて送ってもらえることができるなら、これほどの幸せはないでしょう。
 人口が減る中、子は国の宝です。生活の成りゆきを伝えるのが年寄りなら、正しく受け継ぐという役目を負うのは子どもたち。物が溢れ、「もったいない」の言葉はどこ吹く風。それを知らせるのが年寄りの役目です。
 優しさ、思いやり、愛を持つのが人の義務。親や先輩が弱い人を見下げたり、貧乏を見下す考え、また、ねたみを持つことが、今のいじめに繋がるのではないでしょうか。「家の光」などで、いろんな教育のお手本を教えてくれているのに。
 どうか一人でも多くの健康な人が育つことを願って止みません。孫たちと生活できている家庭、うらやましい、また、偉いなあ、そして、幸せなことだよねと感じます。私もそうありたいと思います。(すさみ支所管内)

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