JA紀南広報誌

2015年2月号p12-03

2015年2月号もくじ

コラム  

両親との旅
総合企画部長 西川 靖史  

 子供も二十歳を過ぎ、両親も八十歳を超え、当然、私自身も年を取ったと実感する。子供が居る頃は、よく両親の家での食事や両親を連れて外食をしたものだが、子供が離れるとその機会も減り、時々食事に出かける程度になった。
 昨年の父の日。久しぶりに食事に出掛けた際、退職後は旅には縁遠かった父が、「四国六十一番札所 香園寺」に連れて行ってほしいとポツリ。理由を聞くと、父の祖母が、自動車もフェリーもない今から百十五年前(明治三十二年)に信仰に訪れたお寺だと言う。
 日頃は私達に無理を言わない父が、幼い頃、祖母が話してくれた遠い国のお寺を思い描き、一目見たいと長い間思い続けていたのだろうと思うと、私の胸を熱くした。
 とは言え、四国・愛媛までの道のり、親の歳と体力を考えると無理はできない。しかし、この機会を逃せば私にとっても心残りになる。歩けはするものの足腰の弱い両親。まず、車椅子を準備し、車内用の車椅子転倒防止具の自主製作を進めた。梅雨も明け、猛暑になる前、二泊三日の旅に出発した。
 一日かけて、目的の地の香園寺に到着。この時ばかりは、車椅子は不要。父は祖母の百年余り前の証跡を噛みしめるように、本堂に急ぐ。大日如来様に、孫が祖母の足跡を訪ねて来たことを報告しているのか、満足そうな顔であった。
 道後温泉で一泊。久しぶりに二人で入る湯。歌の文句ではないが、「父の背中、痩せたな。苦労掛けたな」と実感し、感謝の念が込み上げてくる。旅は広島・呉港と続く。友が戦地に向かった港、両親とも感慨深い旅となったようだ。
 父は、旅の想いを「書」にしてくれた。この書が私の子供達に引き継がれ、「明治・平成の証跡」を改めて尋ねてくれればと思う。
 この旅で楽しさを感じたのか、次の旅に向けて、軽い運動を始めた父。今は、西国三十三か所を、時には孫の運転で車椅子を押してもらいながら、旅を続けている。
 子育てをしていた頃の私の願いごとは、もっぱら学業(合格)や交通安全が主であったが、この歳になれば、お願いすることはただ一つ、「健康」のことばかり。
 両親が健康な間は旅を続け、行く先々で「健康」を祈り、思い出づくりができればと思う。

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