JA紀南広報誌

2014年8月号p23-01

2014年8月号もくじ

つれもていこ~よ No.91  

高野山町石道(九度山町)  

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 九度山町の慈尊院から、高野山の壇上伽藍と奥の院へと続く参詣道を高野山町石道といいます。
 高野七口といわれる7本の登山道は、弘法大師によって高野山の開創直後に設けられた参詣道で、高野山への道標として一町(約109㍍)ごとに石の大きな五輪卒塔婆が建っています。
 慈尊院から壇上伽藍の大塔まで約22㌔の道程に180基、大塔から御廟までに37基。それぞれの町石には密教の仏尊を示す梵字や、伽藍や御廟までの町数が刻んであり、昔から参拝者や僧侶はこの卒塔婆に祈りながら険しい山道を登っていきました。
 町石道が開かれた当初、弘法大師は慈尊院から高野山までの道沿い一町ごとに木製の五輪卒塔婆を建立したとされていますが、文永3年(1266年)以降は朝廷・貴族・武士などの寄進によって石造の五輪卒塔婆が建立され、ほぼ完全な形で残されています。
 平成16年(2004年)に和歌山県、奈良県、三重県にまたがる3つの霊場(吉野・大峯、熊野三山、高野山)とその参拝道(大峯奥駈道・熊野参詣道・高野山町石道)がユネスコの世界遺産に登録されました。平成27年(2015年)には高野山開創1200年を迎えます。町石道は参詣道として多くの人々が行き交い、現在はハイキングコースとしても人気を集めています。
 慈尊院へのアクセスは、南海電鉄高野線、九度山駅下車。駅から慈尊院までは約1・8㌔です。
(JA紀北かわかみ発信)

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