JA紀南広報誌

2014年5月号p26-01

2014年5月号もくじ

こもれび  

わたくしの半生
湯川 操(白浜町庄川)  

 先日、何か一言書いてください、ということでJAの方から頼まれたのですが、農業も何もしてなく、考えて見ると何も書くことがありません。そこで、わたくしの半生でも書かせていただくことにしました。
 わたくしは、二人の子どもと一人の孫を育てましたが、介護の仕事で生活の基礎を築き、助けられて来ました。
 まず最初は、老人ホーム百々千園に就職したことから始まります。
 わたくしが初めて介護に携わった頃と今とでは180度と言っていいほど変わっています。
 わたくしが介護を始めた頃に入園して来られた方たちは、あまり動かさず静かに寝かせてあげるというのが主流でした。当時、半身麻痺やその他何らかの理由で動けなくなっても、今ほどリハビリをして自分で動けるように努力するというより、静かに寝ている方が多かったように思います。
 ですから、体中に褥瘡(じょくそう)ができてどうすることもできなくなり、入園する方が多かったのです。
 でも適度な生活リズムと、お風呂に入って体を清潔に保ち、栄養管理をして、しっかり食べてもらうと、日に日に褥瘡、その他悪い所が良くなってくることが目に見えてわかるんです。
 本人も大変喜び、お世話をさせてもらっているわたくしたちも本当にうれしくて、両方で喜び会うことが多かったように思います。
 また、年に一回の遠足。といっても近くの浜の木陰に布団を敷き、そこに寝てもらって外の空気にふれてもらう。それだけのことでも大変でした。でも、皆んな和気あいあいで、本当に楽しかったです。本人も喜び、わたくしたちも喜び、家族も喜び本当に生きがいを感じさせてもらいました。
 それから45年間、介護一筋でやってきましたが、昔とは違って今は認知症に苦しんでいる方が多く意思疎通できず、なかなか良い介護が難しく大変だなあと思います。
 わたくしも老いに向かい、先日、急に入院し介護を受ける立場になりました。老いるということは、こんなことでしょうか。淋しく落ち込んでしまいました。
 すると偶然、昔一緒に働いていた仲間と同じ部屋になり、一緒に働いた頃の話を楽しく色々とさせてもらい元気を取り戻すことが出来ました。
 今後、どれだけ生かせてくれるかわかりませんが、残された余生を有意義に過ごしたいと思います。ありがとうございました。(とんだ支所管内)

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