JA紀南広報誌

2014年5月号p18-02

2014年5月号もくじ

コラム  


紀 菜 柑 谷 公俊  

 「昔」って何時のことを言うのだろうか? 私にとって昔は幼少期位の頃と思う。最近になって昨日のことは忘れるのに昔のことを思い出したり夢をみたりする。
 当時は今のように食べたいものが手に入らなかった。お菓子も駄菓子(芋飴等)が主役で1円が重宝した。当然ジュースなども少なかったので、冬場はミカンを手が黄色くなるほど何個も食べた。
 風呂も薪をくべて沸かした。火傷するので板を敷いて入った。ご飯も釜で炊いた。おかずは行商の方が時々回ってきてくれたのでそれを買ったりしていた。賞味期限など無かったので見た目と匂いで買っていた。おかずは野菜類の炊き物が多く、肉はあまりなかった。
 飼っていたチャボが勝手に増え、卵には困らなかったが、時々親鳥の数が合わない日があり父に聞くと「お前昨日食べたわだ」と言われて少しショックを受けた。
 夏はアユとウナギ、冬はひよ鳥の捕獲が日課で貴重なたんぱく源で、それは美味しかった。いつもおなかが空いていた。たまに天ぷら(ほとんど芋天)を作っている母のそばに行き揚げたてを何個も食べた。白黒テレビで見たきんちょうまんじゅうが食べたかった。
 電話も交換係につないでもらった。電話が鳴ったらうれしかった。冬は隙間風が体を冷やした。火鉢にあたって顔と手だけ温めた。大きな蛇(アオダイショウ)も時々家の中に居た。びっくりしたが向こうもびっくりしていた。
 今から思えば不便で快適ではなかったが、その時はそれで楽しく不便さも感じなかった。たぶん回りの家も皆同じと思っていたから。
 昔のことを言っても仕方はないが、過去があるから今がある。都度、試行錯誤しながら便利な方法を考え、取り入れて来た先人の努力に感謝したい。
 少しの間に世の中はこんなにも様変わりした。ただこれだけ進歩し情報もすぐ手に入り、快適になっているはずなのに、些細なことで怒鳴りあったり、自分勝手で文句ばかり口にしたり、恐ろしい事件や事故も後を絶たない。
 今後も環境は大きく変わっていくだろうが、持ち続けたいのは、少なくなってきているように感じる思いやりと我慢、感謝の気持ちと助け合い。大切にせねば。

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