JA紀南広報誌

2014年10月号p07-01

2014年10月号もくじ

きずな 組合長 本田 勉  

いま一度農協の原点に帰って  

 政府の規制改革会議が主導する「農協改革」については、先月号で中家会長が詳しく解説されていますので内容は省略しますが、ここでは少し私見を述べて、農協(JA)・農業の進むべき道について皆様と考えてみたいと思います。
 いまTPP等で日本そのものが大きく変えられようとしているとき、一人農協だけがその辣外にあることはあり得ません。しかも政府は農協法の改正にまで言及し、農協のあり方を根本から変えようとしているわけです。
 ここで忘れてならないのは、私たちの住む地域にとって農協はなくてはならない私たちの組織であるということです。私たちはいま一度、原点に帰り、農協・農業に課せられた使命を見つめる時だと考えています。

妻のガン闘病と最後の看取り  

 去る8月16日午前5時31分30秒、妻の最後を国立南和歌山医療センター緩和病棟で看取りました。以前この欄で紹介したことがあるので、ご記憶の方もおありでしょうが、“金環蝕の指輪”のあの妻です。
 妻は3年前に乳ガンを発症、摘出手術を受けて以来、病魔との戦いに神経をすり減らしていましたが、今年1月の定期検診では異状なしのご託宣で、あと2年の辛抱と妻共々ホッとしたところでした。
 ところが、ガンはそう甘い病気ではありません。10日ほど後のJAの成人病検査で異常が見つかり、再度、南和歌山医療センターで精密検査の結果、膵臓と肝臓にガンが発見され、しかも末期ガンで手の施しようがないとの宣告でした。
 青天の霹靂とはこのことでしょうか。瞬間、冗談に紛らし、妻と主治医には「命に関わることで冗談を言うな!」と大層叱られましたが、頭の中は真っ白でした。
 それからは何とか助けてやりたいとの思いから、何か方法があるはずと、藁にもすがる思いで治療法を探しました。そんな時、南和歌山医療センターから「先進医療のワクチン治療が和歌山医大付属病院で国の治験として行われている」との紹介をいただきました。 そして和医大付属病院に入院して治療を始めましたが、前提条件をクリアできず、頼みの綱だったワクチン治療は最後まで受けることができませんでした。
 今年2月13日入院、3月14日退院と、1カ月の入院生活の後は通院となり、抗ガン剤を服用しながら毎週月曜日は医大付属病院へ通う生活が続きましたが、7月14日の和医大訪問を最後に医大付属病院での治療は終了となりました。
 7月17日、医大付属病院の紹介を受け、南和歌山医療センターでの診察後、18日に緊急入院となりましたが、この段階で抗ガン剤の治療は打ち切られ、点滴治療となりました。8月11日、緩和病棟へと移り、16日の早朝、妻自身の兄弟や私、私の妹に見守られる中、眠るが如く静かに息を引き取りました。
 妻の治療期間中は職場の皆様には随分とご配慮をいただき、お蔭で看病に私のできる範囲での時間をいただくことができました。関係の皆様には心から御礼申し上げます。また葬儀に際しましては、お忙しい中大勢の皆様にお見送り賜り、本当にありがとうございました。

教えられた“本当の思いやり”  

 妻の入院生活が長かったこともあり、一人暮らしの方法など、妻にはいろいろなことを教えられましたが、中でも次の2点については広く皆様にも考えていただきたいと思い、個人的なことを承知の上で、敢えて公の誌面をお借りしてお伝えすることをお許しいただきたいと思います。
 まず1番目は、他人を思いやる心です。私は今まで思いやりの心とは優しい言葉をかけることだと思い込んでいました。もちろん優しい言葉や表情、仕草は外から見えますから基本だと思います。
 しかし一番大切なのは相手を愛することだと妻から教えられた気がします。本当の愛情のない言葉や表情、仕草は、思いやりとは程遠い、形だけでしかないのです。基本に愛情があればどんな厳しい言葉も相手に感謝を伴って受け入れられることでしょう。
 2番目は人生の終末についてです。健康な時は意識の底に眠ってなかなか顔を出さないことですが、終末をどう過ごすかは大変重いテーマだと、妻を看取ることで思い知らされました。
 お互いに自由に意思表示ができるときは考えもしませんが、思いが伝えられなくなったとき、相手の希望することが分からず後悔だけが残ることになります。
 いま世間では、“エンディングノート”なるものが静かなブームとなっているようですが、皆様もぜひご検討いただくことをお勧めします。
 以上の2点について個人的な見解ではありますが、一人の人間として社会生活を送るうえで重要なことであると思い、誌面をお借りしてお伝えする次第です。

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