JA紀南広報誌

2013年6月号p26-01

2013年6月号もくじ

こもれび  

朗妻朗婆
栗原 和子(田辺市芳養町)  

 少女の頃から良妻賢母という言葉が好きでした。なんとなく古風な女性のイメージであるけれど。
 良妻=良い妻、賢母=賢い母、と辞書には明確に書かれています。さらに賢明を引いてみると、賢明=賢くて道理に明らかなこと。適切な判断や処置が下せるさま、とあります。
 私は漠然と良妻賢母に憧れ、理想の家庭を夢に描き、結婚すれば当然理想の家庭生活が実現できると思っていました。
 実際の結婚生活は生易しいものではなく、数々の困難や問題、課題が次から次と起きました。夫も私も途方に暮れることもありました。共働きをしながらの子育ては、夫も子どもも家族全員が力を合わせ、苦楽を共にすることになります。
 良妻も賢母もどこかへ吹き飛び、無我夢中の日々が過ぎていきました。
 その当時住んでいたご近所の方々に助けていただきながら子どもは大きくなり、気がつくと長女は大学生、長男は高校生になっていて、精神的にも肉体的にも成長していました。
 ご近所のお母さん方は専業主婦で、私はどの方も良妻賢母だと思っていました。朝はご主人を送り出し、子どもたちを見送り、家事をきちんとこなし、子どもたちを身ぎれいに育て、近所付き合いも自然体だったし、親切で面倒見が良くて、素晴らしいお母さん方でした。
 長女が小学生だったある日、言いました。「お母ちゃんは、よそのお母さんとちょっと違うわ。普通のお母さんと違うみたいや」。
 ショックでした。やっぱり、痛いところを長女は見ていました。
 「ごめんな、ほんまやなあ。お母ちゃん、よその人みたいに毎日ちゃんと家のことできてないわなあ」と言うと長女は「別にいいけど、これが当たり前やと思っているから平気やわ」。
 二人の子どもも現在四十代になり、長女は仕事と育児に頑張り、多忙な日々を送っています。長男は共働きをせず、一馬力で頑張っています。二人とも家族に恵まれ、いい家庭生活を営んでいます。
 私の良妻賢母は理想とは程遠く、実現できなかったけれど、まあまあこれで精一杯でした。
 七十代になり、今後は夫や孫たちと明るく楽しく朗らかに、健康に気を付けて専業主婦を楽しみたいと思っています。朗妻朗婆を心掛けながら。(田辺支所管内)

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