JA紀南広報誌

2011年7月号p30-01

こもれび  

60過ぎのデビユー
中本 八千子(白浜町中)  

 初めに、東日本大震災に遭われた方に心よりお見舞いを申し上げます。
 さて、いくつになっても新たな挑戦は勇気がいるものです。いや、年とともに返ってそのハードルは高くなるのかもしれません。
 十年余り前、大きな天然木の風情のある看板が店先に掲げられ、店内に所狭しと野菜が並び、客が行き交うのがやっとの空間で営まれていました。前身青空市あぜみちの様子です。
 その頃は、栽培する側が値段を付けて野菜を売っているのがまだ珍しく、とても魅力的でした。
 といいますのも、その昔、細々と兼業農家で子育ての傍ら野菜を栽培しており、翌日コンテナ1杯が20円で取り引きされた仕切り書を見て、がっかりしたことが記憶にあったからです。品物が悪かった?
 今もそうですが、その頃の青空市も大盛況でした。てんやわんやで専業主婦だったMさんに、急きょお呼びがかかったとかで、慣れぬレジを打つ、汗びっしょりの姿が忘れられません。
 その後、Aコープ内に移転することになり、スペースも広く、花と野菜、手作りの小物、加工品など多種多様な商品が並ぶように。〝こんなものが〟と思うものも売られ、ポップには富田便が踊っています。
 季節により熟したあけび、ごんぱち(イタドリ)の採り立て等々が並び、季節感が味わえ感動さえ覚えます。
 それ以来、「私もいつか自分で値を付けて売れる野菜作りがしたい」と秘かに思っていました。
 思いは叶うということなのか、少し余力を残して退職し、嫁いで30数年主人が主となって野菜作りをしている中、私は直販所あぜみちへの仲間入りをさせていただくことになりました。
 でも決心して行動に移すまでは約7カ月かかりました。理由はいくつかありましたが、なぜかすぐに踏み切れませんでした。友人から「出しよしよ!」と何度も声をかけられつつも…。
 我が家の菜園は、地域屈指の目抜き通り(?)にありまして、北を背負った冬場でも寒さを知らない場所にあります。
 今は冬野菜も終わり、太り丸こったタマネギが存在感をもって水田になるまでとばかり陣取っています。華々しくとまではいかないデビューですが、楽しく元気で、地産地消は安全と考え頑張ります。
 気持ちも少し袋にパッケージして、お客様にお届けしたいですね。
 ♪主人の名前で出ています♪  (とんだ支所管内)

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional