JA紀南広報誌

2011年6月号p07-02

テイクオフ  

常務(営農本部長) 坂本 守
今こそ相互扶助の実践を  

 3月11日、未曾有の被害をもたらした東日本大震災。日本はいま、被災地の復興に向かって時を刻んでいます。人々の思いもみんな同じ方向を向いており、日本人の精神的な強さを世界中に発信しているところでしょう。
 思えば地震発生時、私は東京で取引会社との業務を終え、品川の交差点にいました。人込みの中、徒歩で移動をしていたちょうどその時、自分の足で真っ直ぐ歩いているつもりなのに、フワフワした気分に陥りました。私はとっさに「自分の体に異常が起こった」と思い、歩道のフェンスにもたれかかりました。
 しかし、すぐに体の異常ではないことが分かりました。それは周りの人々の挙動でも理解できました。突然のことに辺りを見渡している人、人の流れが急に止まった情景、もちろん自分も混乱していました。
 私自身これまで大きな地震を体験したことがなく、地震とは「グラグラ、ドドーン」という衝撃と感覚だと考えていたからです。
 羽田空港から帰路に就く予定でしたので、「とにかく空港へ行こう」と考えましたが、路上の野外スピーカーでは、地震による交通網の運転見合わせの放送が流れました。とりあえず品川駅の改札口までたどり着きましたが、構内には入れずじまい。そんな折も、揺れは途切れなく繰り返し襲ってきました。
 街路樹や自動車、ビルの揺れを目の当たりにし、かつてビルから看板などの物が落ちて災害に遭った人のニュースが脳裏を横切りました。ビルが倒壊すれば逃げ場はありませんが、とにかく危険の少ないと思える交差点へ行きました。
 そしてようやくタクシーで品川を離れ、羽田空港へと向かいました。飛行機は空を飛ぶので電車のように運休しないと思っていたのですが、その期待はもろくも崩れました。
 最終的に南紀白浜空港行きの便は取り消しとなり、代わりに翌日の最終便をとるのがやっと。当日の宿泊も都心に向うタクシーで長い列だったため、あきらめて空港のフロアでいただいたダンボールを敷き、その上で寒い夜を過ごしました。
 私の体験は、時を過ぎれば現実に戻れたのですが、今回の震災では数多くの人々が今もなお被災生活を余儀なくされています。
 報道からしかその現実が伝わってきませんが、明日への希望と願いを込め、力強く復興に向けて立ち向かう人々の姿には心を打たれます。
 南海地震の発生が予想されてはおりますが、今回、幸いにも被災地とはならなかった私たちには、身体があり、土地があります。私たちの農業の生産現場も厳しい実情ではありますが、苦難を乗り越えるために精一杯立ち向かわなければなりません。
 一人ひとりの力は小さいですが、立ち向かう勇気を持ち、農業の将来と地域の活性化に向けて、JAの理念である「相互扶助の精神」による協同活動を、今こそ実践すべき時であると考えます。

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