JA紀南広報誌

2011年6月号p05-01

きずな  

代表理事専務 本田 勉
よみがえる日本  

 連日のメディアによる報道で、全容が明らかになってきた東日本大震災とそれに伴う津波被害、そして福島第一原子力発電所の事故。
 地震と津波により壊滅的な被害を受けた現場の映像や、被災された方々の避難生活を目の当たりにして、まさに地獄絵図を見る思いで、本当に胸が痛みます。
 その後の原子力発電所の報道には、放射性物質や放射線の恐怖と風評被害に苦しむ農業・漁業関係者の姿が映し出されています。産業の発展のためには安定した電力の供給が望まれ、一方では被害に苦しむ人々がいる現実があります。
 我々は科学の発達で原子の火を手に入れ、いかにも人類の従僕として手なずけたように錯覚していましたが、一度牙をむくとその暴走を止めるため、原始的な方法に頼らざるを得ない今の状況をどのように考えればいいのでしょうか?
 今、日本中からいや世界中から救援の手が差し伸べられています。そして何よりうれしいのが、被災地の方々が助け合いながら復興に向けて動き始めたことです。そこに希望の光があります。
 「天は自ら助くる者を助く」という英国の作家サミュエル・スマイルズの言葉があります。今、世界各国から差し伸べられているのがまさに神の手とするならば、被災地を中心とした日本中の人の復興へのたぎる想いが、「自ら助くる者」になります。
 「明日はわが身」です。今私たちにできることを精一杯することで、被災地の一日も早い復興の一助になればと願って止みません。

KIZUNA・part3  

 今回は前回(4月号)に続き、外国の、しかも日本とは切っても切れない隣国、中国の人々との絆をご紹介する。
 遠山正瑛先生のお名前を聞けば、「ああ、あの話か」と合点される方も多いことだろう。
 先生は大学教授を退官後、内モンゴルにあるエンゴペイ沙漠の緑化に情熱を注がれた。(先生は砂漠の漢字は石のある「砂」を使わず、水のある「沙」を使われた)
 「中国からは文化の渡来を含めよい影響をたくさん受けたのに、過去の戦争で多大の迷惑をかけた。その贖罪の意味と、進行する地球規模の沙漠化を止めたい」という強い信念に基づく行動である。
 沙漠の気温変化は我々の想像を絶するほど凄まじく、夏は40度以上、冬は零下20
度にもなる厳しい環境下。先生はご高齢にも関わらず、現地の人々や日本のボランティアと一緒に一日10時間もポプラの植樹を続けられたそうだ。費用は日本での募金活動や、ご自分の資産を売却されたりして捻出した。
 300万本の植樹を目標にされたそうであるが、目前で洪水により数万本を流された。茫然自失のボランティアや現地の人たちを尻目に、また一人黙々と植樹を始められたそうである。
 先生の言葉「考えていいと思ったことはやろう。やらなければ物事は進まない。そして一度始めたことはやり続けることだ」を聞いて、洪水の後での先生の行動も、さもありなんと思うのである。
 そして見事300万本を達成され、記念植樹には当時の江沢民主席も駆けつけたそうだ。今現地は緑地となり作物の栽培もされ、住民が増えて町が形成されている。植樹は今も続けられている。
 「まじめに、正直に、愚直に」を絵に書いたような先生の生き様に大きな尊敬の念を抱いている。私も来るべき余生を中国へボランティアで植樹に行こうかと妻に話したら、「何をあほなことを。余生を考えるのはまだ早いよ」と軽く一蹴されてしまった。
 しかし、自分が中国で植えた木々を渡った風が、やがて日本で薫風として感じられる。考えただけでわくわくするようなロマンだと思うが、あなたはいかがでしょうか?

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