JA紀南広報誌

2010年7月号p26-01

命の大切さ 第10回  

小さなことで多くの笑顔を
かつらぎ町立笠田中学校 2年 松浦 春奈  

 五月下旬のある日の夕方、弟の通う小学校から私の家に電話がありました。受話器を取った母は心配そうに応対していましたが実際はそうではありませんでした。弟の通う小学校に二歳の男の子のお母さんから電話があり、「うちの子が迷子になっているところをそちらの小学生の二人が見つけ、近くの交番に連れて行ってくれました。おかげで無事に帰れて感謝の気持ちでいっぱいです」と話してたそうです。その後弟にそのことを尋ねたら「別に普通の事しただけ」と弟はいたって平静でした。私は弟に「すごくいい事をしたんやで」とほめてあげましたが、「誰だってやるよ」と普段と変わらない様子でした。あとになって分かったのですが、その日、いつものように弟は学校から帰るとすぐに外へ遊びに出ました。午後四時頃、友達と学校近くの国道沿いを歩いていると小さな男の子が国道の路側帯を一人で歩いているのに気づきました。そこは歩道もなく白線で引かれただけの道路でとても危ないと思い、友達と二人でその子のそばに行きました。「お母さんは?」「おうちはどこ?」「名前は?」と尋ねても要領を得ない答えばかりで困ったそうです。そこはとても交通量の多いところで、二人は放っておくことができずその幼児の手を引いて近くの交番まで連れて行きました。警察では、はじめその子の身元が分からず必死になって家族を捜しました。一時間後ようやくその幼児のお母さんが見つかり、無事に解決しました。その男の子はまだ二歳で昼寝をしていて家族が目を離した間に一人で鍵を開けて外に出たそうです。一つ間違えば命にも関わることで、何もなくて本当に良かったと思います。弟のとった行動は冷静で優しく私もとても嬉しくなりました。
 私の弟は小学五年生です。とても元気で明るく学校から帰るとすぐに遊びに出かけます。私とは、ささいなことでよく兄弟げんかをします。そんな弟がその時とても偉大に思えました。その日の夜、家族みんなで弟に「いい事したね」と言っても弟は「別に」と軽く流すだけでした。その弟の姿が私には理解できませんでした。もっと喜び、自慢までしなくても得意になっていいのにと不思議でした。翌日の朝、親戚の人が朝刊に「弟の記事」が載っていると知らせてくれました。父は早速新聞を買い嬉しそうに読んでいました。家族みんなで「すごいなぁ」と弟に言うと相変わらず「別に」と言うだけでした。「嬉しくないの?」と問いかけても「誰でもやるし。当たり前の事しただけ」とすました様子でした。そんな弟の気持ちとは反対に今度は警察署から連絡があり、「命を救った勇気ある行動に感謝状を贈りたい」という内容でした。弟は「恥ずかしいし、別に大した事してへんのに」と迷いましたがみんなの勧めで何とか感謝状を受けることに決めました。六月十日、弟と友達はかつらぎ警察署で表彰されました。署長さんをはじめかつらぎ署の全員の方から賞賛の拍手をいただき、心のこもった表彰式だったそうです。その時、新聞社の記者も一緒にいて取材されたそうです。その後、各新聞にその記事が載り、大きく報じられました。弟は「感謝状をもらってとても嬉しいけど、なぜ大人は大騒ぎするの?」と不思議そうにしていました。多くの親戚の人や知り合いの人が喜んでくれ「とても偉いね」と弟の行動をたたえてくれました。しかし、弟はなぜか嬉しそうにしません。弟はずっと「当たり前の事をしただけ。そこにいたら誰でもやるよ」と言っていました。それなのにまわりの大人が大きく話題にして本人が戸惑っているように思えました。私は家族を含めまわりの人々が大騒ぎして「なぜだろう」と思いました。しかしもう一度よく考えてみると色んなことが思い浮かんできました。そのまま見て見ぬふりをしていたら、大事故が起きたかもしれません。その行動は誰もがたたえる勇気あるものです。次に周りの大人がそこまで大きく話題にしたことについて考えました。最近の世の中無差別殺人、子供への虐待、親殺しなど命の尊さを否定する事件が多く起きています。大人はそういったニュースの中で今度の弟達の明るいニュースが砂漠のオアシスのように思えたのでしょう。今の世の中、暗いニュースばかりで未来に希望が持てず他人を巻き込んだ痛ましい事件が連日起きています。自ら命を絶つ人は年々増え続けています。こういう世の中で弟の行動は人々に感動的に映ったのでしょう。昔なら話題にもならない「当たり前の行動」がこんなにも脚光を浴び寂しいです。しかし今度の事で多くの笑顔と元気が生まれました。弟達の行動は小さい事でも多くの人の心をうつのだなと思いました。「小さな事を大きな笑顔に」私も心がけたいと思います。

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