JA紀南広報誌

2010年5月号p30-01

命の大切さ 第8回  

紀の川市立上名手小学校
6年 北田 雄大  

画像の説明

 ぼくは、夏休み家の用事で、大阪府立母子医りょうセンターに行きました。駐車場には、大阪や和歌山だけでなく、岡山や山口など遠い県の車のナンバーも、たくさんあって、びっくりしました。病院の中に入ると、天井が高く広々として、明るい絵がたくさん飾られていました。その病院の中には色んな子供がいました。義足を付けて歩いている子、車イスに乗った子は、頭が丸坊主で帽子をかぶっていました。生まれたての赤ちゃんは、点滴の管をたくさん付けていて、とても痛々しかったです。手話でお母さんと話をしている子や、目や耳を包帯でまいている子供・・・。病気の検査結果を手を合わせて下を向いて、いのりながら待っているお父さんとお母さん。結果を聞いて、泣いている、お母さんの背中をさすっているお父さん。少しの時間でぼくは、色んな人を見ました。
 ぼくは、その中ですごいなと思った家族がいました。その子は、のどにチューブを付けていて、しゃべれなくて、歩けなくて動けないので、車イスを少し長くして、ねかせたような道具に乗っていました。その横にはお父さんとお母さんがいて、たんがつまるたびに取ってあげて、お母さんは、その子に歌を歌ってあげたり、手を握って話しかけたりしていました。そして、その子が「ニコッ」と笑うと、お父さんとお母さんは、すごく喜んでうなずいていました。ぼく達は、面白かったら笑い、悲しかったら泣いて、腹が立つと怒って、それが当たり前の事だけど、障害のある子は、そんな当たり前の事さえ表現する事が難しい。だから、周りにいる人は、どんなに小さな表情にでも、喜びを感じているんだと思いました。ぼく達は、夏休みには、プールに行ったり家族や友達と遊びに行ったり、花火をしたり楽しい事が当たり前の様に待っているけれど、この病院にいる子は、先の事よりも、今を一生懸命に生きているのだと思いました。
 ぼくは、当たり前の事が当たり前に出来て幸せだと思いました。でも、障害を持った子も不幸とは違うんじゃないかなと思いました。当たり前の事が出来なくても、お父さんやお母さんにあたたかく見守られながら生きているからです。不自由な事は、きっとぼく達が理解できる様な事じゃないと思います。お父さんやお母さんも、きっと大変だと思います。でもぼくは、この家族を見た時、この子が、お父さんとお母さんに、がんばる力をあたえているんだと思いました。何か、あたたかい感じがしました。お父さんとお母さんはすごいなと思いました。
 ぼくも体が不自由な人や困っている人を見かけたら、迷わず助けてあげられる人になりたいと思いました。
 健康でいられる事が当たり前じゃないという事、命の大切さ、家族のあたたかさを、あらためて感じた一日でした。

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