JA紀南広報誌

2010年3月号p24-02

つれもていこ~よ その38  

長保寺(ちょうほうじ)  

南北朝時代の代表的な楼門

 紀州徳川廟・国宝、海南市下津町にある長保寺は長保2年(1000年)、一条天皇の勅願を受け、性空上人により創建されたと伝えられています。
 一条天皇には定子様と彰子様のお二人の皇后がいましたが、定子皇后のお付きの女官が「枕草子」を書いた清少納言、彰子皇后のお付きの女官が「源氏物語」を書いた紫式部です。
 ですので、これらの文学作品には一条天皇の長保時代の宮廷生活を題材にして描かれています。長保時代は、平安貴族社会が頂点に達した時代であるのです。
 また、長保寺が創建された長保2年に定子皇后がお亡くなりになっています。長保という年号を名乗る寺の建立は、一条天皇にとって特別な意味があったに違いありません。
 寛文6年(1666年)、紀州徳川家初代藩主頼宣により菩提寺に定められました。江戸時代に、本堂背後の山の斜面に約1万坪の広大な藩主廟所(国史跡)が造営されました。
 「周囲が山に囲まれ要塞堅固である」という頼宣の言葉が残されており、万が一の時の陣地として利用することを考えていたようです。宗旨は天台宗です。
 お問い合わせは長保寺(電話073・492・1030)まで。
(JAながみね発信)

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