JA紀南広報誌

2010年3月号p07-01

テイクオフ  

常務(営農本部長) 坂本 守
15年前の震災から学ぶもの  

 過日、阪神淡路大震災に係る被災時のテレビ番組「阪神淡路大震災から十五年」が放映されました。被災地の地元である神戸新聞は、現地の激変、人々の心の不安定さや明日への希望などを、紙面を通じて報道し、そこにかかわる記者たちの前向きな姿勢、活字に秘められたものに心が打たれるものがありました。
 この震災の痛ましい残像は、映像からだけではなく、自身の目を通して今なお鮮明に蘇ってきます。なぜなら私は15年前、青梅やミカン、梅干しなどJAの取引先へ、激励と物資を届けるべく被災地へ向かった一人だからです。
 紀南から生産者や女性会の皆さまとJA職員が、梅干し、水、おにぎり、日用雑貨等の救援物資をトラックに積み込み、夜間に出発しました。
 訪問先は、コープこうべの物資センター、高嶋酒類食品、忠勇、市場では神戸東部、本場など。倒壊した高速道路、液状化した道路、無数の建物の倒壊を横目にしながら早朝現地に到着しました。
 訪問した取引先の皆さま方からは「ありがとう」「頑張っていきます」といった感謝の言葉があり、力強く握手を交わしたのを思い浮かべます。
 また、かろうじて倒壊を免れた建物で、水洗であるが故に機能を果たさず、無用の長物となったトイレが異臭を放っていたことも忘れられない体験です。
 当時救援物資を届けるにあたり、情報網である通信回線が機能不備となっていた中、JAとして初めて携帯電話を購入し、被災地からJAと報告のやり取りをしたことが思い起こされます。
 今でも十分機能を使いこなせていませんが、慣れない動作で初めて持った携帯電話。現在では、持っていない人がいないくらい普及しており、本当に短期間に普及拡大した一つではないでしょうか。
 今、私たちの農業生産現場では、主要作物の流通に大きな課題がのしかかっています。生産者個々の意識に差はありますが、大変な状況であると認識しています。
 震災で廃墟と化した当時の神戸の町から復興した事実に、私たちが学ぶべきことは、共に郷里を愛すこと、いろいろな葛藤がある中、互いに励まし合うこと、原点に戻って前向きに取り組む姿勢を持つこと、そして実行することではないでしょうか。
 被災者の「周りは復興してきているが、私の家族の心は癒されません」との言葉に返す言葉はありませんが、当時、一年間で160万人という大勢のボランティアが天災に対して立ち向かったと聞いています。これは「ボランティア元年」とも言われています。
 私たちの現場における起死回生策の特効薬は見出せていませんが、今できることはすぐ実行し、立ちはだかる大きな壁に穴を空けていきたいと思います。それは小さな針の穴かも知れませんが、数多くの小さな穴はいずれ大きな穴となり、壁の向こう側(明るい未来)が見えてくると信じ、皆さま方とともに現状打破に一つでも多くの取り組みを進めていきたいと考えます。

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