JA紀南広報誌

2009年1月号p21-01

2009年1月号もくじ
【第3回】

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岩出市立 岩出小学校 4年 井上 叶都  

 ある日の朝、ぼくはテレビを見ていました。同じ和歌山の人が出ていました。彼は車イスにのっていました。そしてたっきゅうをしていました。とてもいいえがおで…。むねから下はあせをかかないので、体温ちょうせつができません。だから氷でひやしながら運動しなければいけないと言っていました。どうしてそんなに大変なのに運動するのかなぁと思いました。かれはこうつうじこにあって、むねから下がうごかなくなったそうです。このじこでお父さんは、死んでしまって、妹さんはのどにチューブを入れていました。りゆうは、お母さんが一番つらいからです。かれは、車いすでだんさをこえるときに、手の力がもっとひつようだからバスケットできたえるのだと、笑っていました。
 「強いな。」・「カッコイイな。」とぼくは思いました。
 彼はいつも笑顔です。でも、その笑顔の下でずっとたたかっているのだと思いました。
 「特別あつかいはしない」クラブではみんなと同じメニューをこなします。大変だと思います。でも、がんばっている彼は、かがやいていました。ぼくもがんばらないといけないと思いました。
 土曜の夜に九才でガンで死んでしまった少年の話をドラマでしていました。彼もぜったいあきらめずに、最後までたたかっていたんだと思います。かれらは、自分がしんどいのに、まわりの人に勇気とやさしさをあたえていました。
 彼を中心に家族のきずなはふかくなっていきました。二人とも生きるということにまっすぐで、すごいパワーを感じました。
 そのパワーに、まわりの人もひきこまれていきます。ぼくは、だれかのためになにかしてあげられているのかなー。
 彼らのような人たちをかわいそうという人もいるけれど、ぼくはそうは思わない。なぜなら、彼はそういうのを感じさせないくらいかがやいて見えるからです。
 ぼくは勇気のバトンをもらいました。勇気のバトンとは、だれかにわたしてもけっしてきえないバトンです。うけとったぼくは、せいいっぱい生きていこうと思います。そして、いつでもだれかのためにがんばれる人でいたいと思いました。いつか、彼にあえたら
「ありがとう。」
と笑顔でいいたいです。「人権」っていうとむずかしいけど、命のことをきちんと考えたら、しぜんと守れる気がします。

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