JA紀南広報誌

2008年6月号p22-03

2008年6月号もくじ

画像の説明

元気な父  

 私の父は現在88歳、母は83歳。足腰は弱くなり、耳も遠くなっているが現役の百姓である。
 昭和59年6月、スモモの「大石早生」の収穫が一段落した頃、胃潰瘍の治療で病院へ行っていた父が青ざめた顔で帰ってきた。先生の態度がいつもと違っていた。細胞も取られた。長年通院している父は「直感的におかしい、癌かもしれん」と感じたらしい。検査結果は一週間後という。
 結果は総合病院で精密検査を早急に受けることであった。翌日、先生に相談に行った姉が、泣きながら進行性の癌であることを連絡してきた。その時から家族は笑いが消え、非常に暗く重い空気が漂う毎日となった。このことは父、母には内緒にした。
 父は阪大病院で外科医の中でも最も敏腕であるという先生に診ていただいた。やはり手術が必要で、8時間にも及んだ。先生の説明で、癌細胞、周りのリンパ腺もすべて除去し成功であると伝えられ、今まで重く沈んでいた空気が取れ、ようやく家族に笑顔が戻った。あとは運を天に任すしかない。
 手術後の回復も順調とはいかず、5年ほどは下痢等体調不順が続いた。手術後、あと5年は生きたいと願っていた父だが、近所、親戚を始め周りの皆さんのおかげで、もうあれから24年経つ。父はこれまでも戦争、車での転落、2階屋根からの転落等、何度も死に直面しているが、よほどいい守護霊に守られているのか、あと1年余りで90歳の大台に乗る。
 そんな父の人生の中で、一番辛く、悲しい出来事は娘の死であろう。私の姉は40歳頃膠原病を発症し、49歳で逝ってしまった。壮絶な最期であった。娘に先立たれた親の悲しみや無念は言葉に表せない。今も毎日心経を繰り、月命日には10㌔離れた墓へ必ず参りに行っている。
 そんな父であるが、今も元気に夫婦で畑に通っている。畑へ行くことが楽しみなのである。長い人生には、苦しいこと、辛いこと、悲しいことさまざまだ。それを乗り越えるのに、どれだけ多くの人々に愛され支えられるか。
 父はすばらしい近所の人々、親戚、家族に恵まれ、そして、励まし、助けを受け、命を長らえさせてもらった。私もあと数年で定年。父の恩返しも含め、社会、地域に貢献できる定年後でありたい。
    (企画開発課・青木登)

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional