JA紀南広報誌

2008年6月号p07-01

2008年6月号もくじ

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常務(生活本部長) 杉谷 孫司
梅の歴史からみる転換期  

 この広報誌が皆様方のお手元に届く頃、JA紀南管内では一雨ごとに梅の実がグングンと大きくなり、やがて6月は梅一色の季節となります。
 紀南の梅栽培の歴史を振り返る時、いくつかの大きな転換期を経て、産地が発展してきたことが見受けられます。
 昭和37年の酒造法改正によって梅酒ブームが起こり、青梅需要の増加に伴って青取り用の梅の出荷が急増しました。43年には大豊作となり、加工原料梅は大暴落。この年は早生ミカンも大暴落した年でもありました。
 翌44年には一転、大凶作(前年比30%)で価格も回復しましたが、45年には再び豊作となり価格は低迷しました。46年以降、南高梅の増植が進み、青梅・加工兼用として梅の生産安定期に入りました。
 梅加工製品の開発と、健康食品としての見直しによって消費が拡大され、また栽培面においても高度な技術普及がなされ、梅の増植ブームが起こりました。
 52年6月、有田市でコレラ発生時、京阪神市場への出荷が停止されましたが、逆にこれは紀南の青梅が東京市場に大進出するきっかけとなり、紀南青梅の地位を確立することができました。59年には栽培面積が500㌶、生産量約8000㌧と、過去最高の生産量となりました。
 平成になった頃から、落葉・枯死等の生育障害が発生。平成4年には4月の降ひょう被害があり、田辺市の長野・三栖・上秋津地区で大被害が出ました。
 平成8年には病原性大腸菌「O―157」の発生で梅干しが人気となり、11年には梅エキスがテレビ放映でブームとなりました。
 その後の経過は皆様のご存知のとおりです。現在、栽培面積2000㌶、収穫量は2万8000㌧となっています。
 さて、JA紀南では本年度から「梅宣伝隊」を結成し、消費地へのPR活動を計画しております。
 私が担当しています生活本部のAコープでは、まず梅の「地産地消」の推進をしてまいりたいと考えております。昨年に引き続き、地元のAコープで「梅コーナー」を設け、農家の皆様が丹精込めて栽培された梅の消費に、地元から精一杯取り組みます。
 昨年来の食品偽装表示問題、中国製冷凍ギョーザ事件、世界的穀物価格の暴騰等、食の安全確保が国民的関心事となっています。
 長く地域経済を支えてきた梅の歴史を振り返ったとき、さまざまな転換期がありましたが、いまほど消費者が国産農作物に目を向けている時期はないと思います。この追い風を最大限に生かし、今年度が梅生産者にとって喜べる「大きな転換期」となるよう願っています。

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