JA紀南広報誌

2004年10月号p26-01

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突然な出来事 
 身の回りで、突然なことが立て続けに起こった。
 ひとつは、誰もが緊張したあの出来事。それは突然やってきた。9月5日の日曜日、マグニチュード6・9と7・4の地震、震度5弱、阪神淡路大震災以来の大きな揺れだった。
 紀伊半島沖では今後30年以内に50%ぐらいの確率で南海道地震が発生すると言われているが、まさに「その時が来た」と思った人も少なくないだろう。幸い大きな被害もなく、まずは良かった。しかし、発生場所や種類によっては、大地震と言える規模である。
 あの阪神淡路大震災がマグニチュード7・2だったし、7以下でも大きな被害を出したくさんの人が亡くなった地震もある。そのことを思うと、私たちはたいへん恵まれていたとも言える。
 私は以前から、地震に備えて家具を固定するなどの準備はしてきたが、あらためて「いざというとき」の備えの大切さを思い知らされた人も大勢いたことだろう。
 ある友人は、家具の転倒防止器具やガラスの飛散防止フィルムを大げさなほどたくさん買いそろえていたが、そのぐらいの準備をしておくに越したことはない。
 自治体の対応をみても、避難勧告を出した、出していないと、防災意識の違いが問題視されていたが、今回の地震は、来るべき大地震に備えて自治体にも住民にも警笛を鳴らしてくれたのである。
 身内のことで、予想もしなかったことが突然起きた。2人の身内が続けて入院したことと、最もショックなことは、母親が亡くなったことである。76歳であった。
 10代の頃、母にはずいぶん心配をかけた。反抗期だったため、叱っても聞かないだろうし、人様に迷惑をかけなければ、少々の悪さは仕方ないと思っていたのだろう。
 私の子どももすでに成人となって、それぞれ仕事に就いているが、成人となっても、子どもの行動や生き方をみていると、まだまだ親として不安に思うことがある。
 そのことを思うと、母は私のことを「もう安心や。何の心配もない」と思ってくれたのはいつ頃だったのだろう。
 母の印象といえば、母親特有のやさしさもあったし、反面、男勝りのところもあった。男顔負けの仕事をこなし、せっせとよく働いていたという印象が強い。
 その母がアルツハイマー病になり、やがてはそれが要因で亡くなった。アルツハイマー病は恐ろしい病気だ。私を見守って支えてくれた母ではなく、別人の母に変わっていく様はさびしい限りだった。
 それでも大切な母である。まだまだ生きていてくれるものと思っていたのに、それが突然亡くなったのである。母親に一言お礼を言うのであれば「有り難う」と言いたい。       (川口貢)
 

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